拓殖大学関連の刊行物
『農業近代化の過程』(東アジア長期経済統計 第4巻) 梶原弘和(国際学部教授)著/渡辺利夫(拓殖大学学長)監修/拓殖大学アジア情報センター編
日本は先進国のなかで特異な発展を遂げた国として分析の対象とされてきた。たとえば成長過程の初期段階における所得水準は欧米を大きく下回っていたにも関わらず、長期間にわたり経済成長率は欧米の水準を上回った。人口が急増する段階からこれが収束するまでの期間は、欧米のそれを「圧縮」した。所得水準は欧米を下回る一方、これが国内資金に依存した投資を可能にし、安定的な高成長の要因となった。
日本のこのような発展の長期的な経緯を、日本よりもさらに後発の開発途上国の開発に資するような形で理論化する必要がある。しかし、日本の発展の経緯は数量的に把握可能なものでなければならない。この面での大きな成果は、一橋大学経済研究所が長年の努力により編集した日本長期経済統計である。長期統計を整備することにより経済変量間の相互作用が初めて分析可能となったのである。
開発途上国の分析についても同様である。開発は長期の発展過程であり、長期統計は不可欠である。各国の統計局や国際機関で多くの統計が整備されてきたが、いまだ十分ではない。とくに急速な発展を実現してきた東アジア諸国の分析には、経済変量を相互に分析できる長期統計の収集、推計を含めてその整備が不可欠である。
そこで拓殖大学アジア情報センターは、東アジアの長期統計の整備とこれによる分析に着手した。各国政府、国際機関が公表した統計をできる限り広範に収集し、さらに適切と思われる統計学的手法を駆使して各国間、経済変量間の相互比較が可能な長期統計整備を試みることにした。
この成果は『東アジア長期経済統計』(全12巻、別冊巻3)として勁草書房から出版される。このうち10巻がすでに発行され、残りは5巻となった。長期統計の整備によりこれまでとは異なった開発上の問題点がいくつか明らかとなった。今回の農業の事例を説明する。
製造業を中心とした近代部門の発展は要素賦存変化、要素代替をもたらし、農業を中心とした伝統部門でも資本蓄積にともなって生産力、生産性が改善され、人口増加を上回る生産増加が達成された。
しかし、農業と製造業の発展には根本的な違いがある。製造業においては労働、固定資本、土地、技術等の生産要素の価格を反映した生産要素の組み合わせにより、開発途上国は競争上有利に立つことができる。とくに製造業にもっとも強い影響を及ぼす資本は急速に増加し、これを蓄積することが可能である。東アジアの成長はその典型的な事例である。
しかし農業には生産要素の組み合わせによる競争力強化過程を根底から覆す生産要素、つまり土地の問題があり、土地の増加には限界がある。労働が過剰で土地が狭隘な国では労働集約的な農業を展開し、この方法に適した農産物を生産輸出する。他方、労働が不足し、土地が豊富な国では機械を利用した粗放的な農業を展開し、この方法に適した農産物を生産・輸出する。この場合には分業が成立する。しかし、同じ農産物、あるいは種類は異なるが用途が同じ、たとえば穀物の小麦やトウモロコシでは後者(土地が豊富)が前者(労働が過剰)を駆逐する可能性があり、日本やNIESはまさにその典型的な事例である。
また農業は資本主義的経営方法が一般化せず、家族を中心とした経営が世界的に行われている。このため生産要素の組み合わせを自在に変えることは難しい。とくに農地を売買により集積し、農地規模の拡大と機械化により競争力を強化することは困難である。日本や台湾でみられた農家の兼業化は、収入の大部分を非農業部門で得ながらも、狭隘な土地で農業を経営する典型例である。経済的に発展していない国では、非農業部門での収入獲得の機会が乏しいがゆえに、家計を維持するために農地を手放すことはできない。
このような理由から世界の農地構造は競争力のない小規模な家族経営が永続し、他方で大規模な農家(農場)が並存することになった。多くの貧しい農民が農村に滞留しているのである。長期統計により各種の分析を行ってきた。長期統計の整備とこれによる分析から開発問題は次々に難問を突きつける。目下、全15巻の完成に向けて作業中である。
出版社 / 発行
勁草書房 / 2008年11月25日
著者(執筆者)
梶原 弘和(かじわら ひろかず)
1951年、福岡県生まれ。拓殖大学大学院経済学研究科博士課程修了。学術博士(東京工業大学 1995年)。外務省専門調査員(在フィリピン日本大使館)、千葉経済大学経済学部教授を経て、1999年、拓殖大学国際学部教授に。専門は東アジア(NIES、ASEAN、ベトナム)の経済開発問題。
掲載日:2008年11月25日